2018/07/03 更新逸失利益

傷跡の後遺障害について逸失利益を認めた判例

東京地裁 平成29年4月25日判決

自保ジャーナル2015号

今回は、自賠責9級16号の後遺障害に関する逸失利益を、2.5%の喪失率で認めた判例をご紹介します。

被害者(男性 高校生)は、平成23年3月、自動二輪車で直進中、対向右折してきた貨物自動車に衝突され、外傷性くも膜下出血、顔面挫滅創等の傷害を負いました。

被害者は3年余り通院しましたが、下の顎の中心付近から顎の左側にかけての部分に長さ10センチメートルの縫合痕が残ってしまいました。この部分について、自賠責に後遺障害の申請をした結果、9級16号の後遺障害が認定されました。その後、損害賠償額をめぐって裁判となりました。

本件では、特に後遺障害の逸失利益が争点となりました。

被害者(原告)は、今回の後遺障害による労働能力喪失率は35%であると主張しました。

保険会社側(被告)は、今回の後遺障害は、他人に嫌悪感を生じさせる程度のものではなく、労働能力は何ら制限されないと主張しました。

裁判所は以下のとおり、判断して、本件の労働能力喪失率を2.5%と判断しました。

原告は、本件事故後、公務員就職の内定を取得していて、本件証拠上、その採用の過程やその他の就職活動時に、醜状障害を理由に不利益を受けた様子はうかがわれない。また、公務員の業務の内容に照らして、原告の醜状障害が原因で失職したり、昇進が遅れたりする具体的な可能性は認められない。

他方で、原告が、公務員の方が民間企業に就職するよりも容姿を理由に不利な取り扱いを受ける可能性が低いと考えられることを考慮して就職先を決めたと供述していること、原告は公務員として一定期間勤務した後に税理士に転職することも検討すると供述していて、原告が将来的に転職をする可能性はあるといえるところ、その際に醜状障害による不利益の可能性は否定できないこと、醜状障害を理由に交友、懇親の場に出ないことにより、将来のキャリアアップに悪影響が生じる可能性は否定できないことからすると、原告の醜状障害が労働能力に及ぼす影響は、限定的なものとはいえ、これを否定することはできない。

以上の事情を勘案すると、後遺障害による原告の労働能力喪失率は2.5%とするのが相当である。

〈コメント〉
今回の事件では、顔面部に5センチメートル以上の傷跡を残すものとして、9級16号が認定されていました。この傷跡が残ったことが、将来の労働にどのように影響を及ぼすかという点については、難しい議論があり、しばしば問題になります。保険会社側は醜状障害の逸失利益をゼロと主張してくることが多いように思います。

この点、例えば赤い本平成23年下巻「外貌の症状障害による逸失利益に関する近時の裁判実務上の取扱について」では、以下のように論じられています。

「現在の職業を前提とすれば労働能力に対する具体的影響はさほど高くないように思われるとしても、被害者の年齢、職歴、現在置かれている環境その他諸般の事情によって将来の就職、転職、配転等の可能性が認められる場合において、職業選択の制限等の一定の不利益が見込まれるようなときは、具体的な労働能力を喪失したと評価できることもあると考えられます。」

このように、醜状障害を伴う後遺障害・逸失利益は、後遺障害等級がついたからといって当然に労働能力喪失率が導かれるものではなく、被害者の現在の就労状況を前提として、労働に与える影響、将来の転職・昇進等に与える影響等を具体的に議論しなければなりません。

本件裁判例では、被害者の醜状障害が労働能力に及ぼす影響は限定的であるとされたものの、将来の転職の可能性、キャリアアップへの影響を考慮して、一定の労働能力喪失率を認定しており、今回、参考になる事例としてご紹介させていただきます。

(文責:弁護士 粟津 正博

※上記記事は、本記事作成時点における法律・裁判例等に基づくものとなります。また、本記事の作成者の私見等を多分に含むものであり、内容の正確性を必ずしも保証するものではありませんので、ご了承ください。