胸郭出口症候群の発症を否定した事例
横浜地裁横須賀支部 平成28年3月25日判決
自保ジャーナル2014号
本件は、乗用車で停車中、後退してきた車両に衝突されたケース(自賠責では併合14級が認定)で、被害者が胸郭出口症候群と左肩腱板損傷の発症を主張した事案です。
結論的には、地裁及び高裁ともに、胸郭出口症候群と腱板損傷を否定しました(その後、最高裁では本件を受理しないとの決定が出され、高裁判決が確定しています。)。
むちうちの事例において、胸郭出口症候群の発症が疑われるケースがありますが、本件のように後遺症として認定されない場合が多いのが現状です。
今回は胸郭出口症候群の発症について、具体的にどのような判断がなされたのか見ていきたいと思います。
被害者は
①モーレーテストをはじめとする各種誘発テストが陽性であったこと
②脳血管撮影検査の結果、上肢挙上で鎖骨下動脈の狭窄が認められたこと
③放射線腕神経叢造影検査の結果、肩挙上及び90度外転位で肋鎖間隙の圧迫所見が認められたこと
を主な理由として、胸郭出口症候群を発症していると主張しました。
これに対して、裁判所は以下のとおり述べて、胸郭出口症候群の発症を否定しました。
まず、①について「患者自身の判断を介して得られる検査結果であるため必ずしも信用できるものではない」として誘発テストの結果が陽性であっても、そのことから直ちに胸郭出口症候群を認めることはできないとしています。
次に②については、確かに胸郭出口症候群の根拠とはなりうると判断しました。
しかし、本件の脳血管撮影検査の結果では、鎖骨下動脈の狭窄は右優位であった一方、被害者の主訴が左手の痛みやしびれであったことから、症状と整合しないと認定しました。
最後に③については、放射線腕神経叢造影検査において、左上肢外転、挙上位で造影剤の貯留像が認められるとしつつも、被害者が挙上時か否かにかかわらず左手のしびれ等を訴えていることと整合しないと認定しています。加えて、脳血管撮影検査と同様、放射線腕神経叢造影検査は「上肢挙上の状態では健常者でも腕神経叢が圧迫されることはある」として、本件の検査結果では胸郭出口症候群を認めることはできないと結論付けています。
最後に、本件事故の衝撃について「事故態様に照らすと、本件事故によって胸郭出口症候群を発症するほどの衝撃が原告(注:被害者)に加わったか疑わしい」と判断しています。
胸郭出口症候群は鑑別が難しい部分があり、裁判においては依然として後遺障害として認定されにくい状況であるといえそうです。
(文責:弁護士 川﨑 翔)
※上記記事は、本記事作成時点における法律・裁判例等に基づくものとなります。また、本記事の作成者の私見等を多分に含むものであり、内容の正確性を必ずしも保証するものではありませんので、ご了承ください。