80歳男子の家事労働分の休業損害を、賃金センサス女子70歳以上の平均賃金の30%相当額を基礎収入に認定した事例
名古屋地裁 平成28年9月30日判決
自保ジャーナル1988号
今回は、80歳男子の家事労働分の休業損害を、賃金センサス女子70歳以上の平均賃金の30%相当額を基礎収入に認定した裁判例をご紹介します。
平成26年11月19日午後9時頃、80歳男性が交差点を歩行中に、右折してきた加害者運転の乗用車に衝突される事故に遭いました。原告は、右肩関節挫傷、右前腕挫傷、右肘関節部挫傷の傷害を負い、約7カ月の通院を余儀なくされました。原告には、自賠責14級9号右肩関節痛、同14級9号右膝関節痛等の併合14級の後遺障害が残ってしまい、被告に対し損害賠償を請求する訴訟を提起しました。
休業損害について原告は、原告と同居している長男は糖尿病網膜症を患っており、日常の家事を行うことが一切出来ない。そのため原告が、長男のために食事の用意、掃除、洗濯等の家事労働を行っていた。しかし原告は、事故で利き手の右手が使えなくなり、家事一切ができなくなった等の主張を行いました。その結果、70歳以上の女性の平均賃金である319万1900円を基礎収入とする休業損害の主張を行いました。
それに対して被告は、原告の傷病は、本件事故の衝撃度等からして重度のものであったとは考えられず、家事労働能力を制限する程の影響があったとは認められないとの主張を行いました。
裁判所は、証拠から下記の事実を認定しました
- 原告の長男は、糖尿病網膜症を患っており、網膜光凝固術を受けたこと
- 長男の視力低下は一時的なものであり、長男は本件事故当時、夜間であるにもかかわらず、30分くらいの距離を誰の介助もなく徒歩で帰宅し、視界の不安等はなかった
その結果、裁判所は下記のように判断しました。
- 原告が視力に障害のある長男のために食事の用意、掃除、洗濯等の家事労働を一定程度行っていたと推認されるものの、長男が日常の家事を行うことが一切できなかった否かは明らかではないから、原告の家事労働の範囲は限定的と言わざるを得ない。
- 原告の年齢(80歳)及び性別等を考慮すると、原告の家事労働分の基礎収入額は、賃金センサスの女性の学歴計の平均賃金である319万1900円の30%相当額である95万7570円と認めるのが相当である。
<コメント>
休業損害とは、交通事故による被害を受けたため休業を余儀なくされ、収入を得ることができなかったことによる損害です。家事労働であっても、財産的な評価は可能であり、交通事故により被害を受けたことで家事に従事することができなかった期間については家事労働の休業損害が認められます。男性の家事労働であっても家事労働の休業損害が認められます。そして基礎収入は、女性の全学歴・全年齢の平均賃金を基準に算出されることが一般的です。その上で、年齢や家族構成、家事労働の内容を考慮し増減額を行います。
本件では、原告が視力障害のある長男のために家事労働を一定程度行っていたことは認められましたが、長男が日常の家事を行うことが一切できなかったとは認められなかったため、原告の家事労働の範囲は限定的と判断されました。そして、80歳という年齢と男性である点から減額の判断がなされ、女性の学歴計の平均賃金である319万1900円の30%相当額である95万7570円が基礎収入と認定されました。
裁判例を見ていると、性別、年齢及び家族構成の立証にとどまらず、行っている家事労働の立証の重要に気づかされます。具体的に主張立証を尽くしていくことが大事であることを再認識することとなった裁判例でした。
(文責:弁護士 根來 真一郎)
※上記記事は、本記事作成時点における法律・裁判例等に基づくものとなります。また、本記事の作成者の私見等を多分に含むものであり、内容の正確性を必ずしも保証するものではありませんので、ご了承ください。